初めての誕生日

written by nano

 このお誕生日は、13章よりも後に一緒に過ごす初めての誕生日という設定です。
 基本的には主人公視点ですが、シモン視点もあります。
 デート・春の日が前提デートとなっていますので、後で読もうと思われている方は、このSSを読むのも後回しにされた方が良いかと思います。
 11章以降のメインストーリーの明確なネタバレや未実装デートの話は入れていないつもりですが、13章は読んでいる前提でもあります。恋プロ未実装ネタも全て削ったつもりですが、筆者は中国版プレイヤーで、日本版実装済みの台詞と未実装台詞の脳内翻訳と妄想台詞の区別が付きづらい状態であるため、入れていないつもりの所で台詞バレなどを意図せず埋め込んでいる可能性があります。
 ネタバレに寛容な方以外は、他の方の作品へお進みください。
 最後に、それでも読んでくださる方へは、OOC注意です!

「11月15日は空いてる……?土日も合わせて私は3連休を取る予定なんだけど。」
 そうシモンにメッセージで尋ねた。
「僕も休みをとるよ。」
 すぐに返ってきたその返信に安堵する。
 良かった……休みを取るつもりで仕事を頑張っていたけれど、忙しさに追われて実は本人には確認をまだとっていなかったのだ。
「何かリクエストはある?」
 実は、仕事が忙しすぎて当日の計画をまだ何も立てられてもいなかった。
 シモンにはいつも色々な所に連れて行って貰ってばかりだし、誕生日位は私が考えてお祝いしたいと思うのだけれど、もう誕生日は数日後に迫っている。リクエストがあるのならそれに応えるのもありなのではないか。
「じゃぁ、僕のリクエストをきいてくれる?」
「勿論、シモンの誕生日なんだし、私で出来る事なら何でも言って!それでリクエストって何?」
 出来るだけ頑張るつもりだけど、何でもすぐに出来るわけではない。場合によっては準備をしなくては。
「そうだね。僕の誕生日だし僕の過ごしたいようにさせてくれるかな。つまり、当日は僕のお願いをきいて欲しい。出来ない事を言うつもりはないし、きみは何も用意しなくていいから。14日の夜に迎えに行くよ。」
 了承の返事をしたらそれで会話が終わってしまった。
 ……あれ……?具体的なリクエストは……?

🦋

 14日の夜、会社まで迎えに来てくれたシモンと一緒に、ランコントルで食事をした後私達は帰宅していた。
 玄関の前で、一旦家に帰る事を伝えて、繋いだ手を放そうとすると、何故か指を更に強く絡ませられ手を離してくれない。
 それだけでなく両手を取られてしまっていた。
 どうしたのかと思ってシモンを見上げる。
「まだ、少し早いけれど今から僕のお願いをきいてくれる?」
「いいよ?何?」
 日付が変わるまであと1、2時間だし、そもそも別に誕生日じゃなくたって出来る限り彼のお願いなら叶えたい。そう思いながら肯定する。
「じゃぁ、1分で戻ってきてね。」
 そういうと同時に手を離された。
「60、59……」
 え……?
「あと55秒だよ。」
 そう言われた私は慌ててバッグから家の鍵を取り出し、鍵を開けて家に駆け込んだ。部屋に置いてあった、誕生日プレゼントの袋と旅行鞄を慌てて掴む。
「20、19……」
 他にも必要なものがある気がしたけれど、カウントは容赦なく進み私は慌てて玄関に戻った。
「3、2……、ぎりぎり間に合ったね。」
 そう言われると同時にまた手を取られ、にこにこしたシモンに手をひかれた私はお隣へと連れていかれた。
 ずるい……私はこの笑顔に弱いのだ……でもそうも言っていられないので、ソファーに座ったシモンの前に立ち抗議の声を上げる。
「さっきの何?何で1分なの?私にも色々と準備というものがあるんだけど、一度家に戻ってもいいかな?」
「僕の次のお願いは、この休みの間、きみには僕の家で過ごして欲しいって事なんだ。だから、家には戻らないでね。必要なものは買ってあるから大丈夫だと思うよ。もし、足りないものがあったら一緒に明日買いに行こう。」
 はいっ……?足りないものは買いに行く……?私の家、隣なんだけど……?
「シモン大先生……?買いに行くより家に取りに行った方が早くはないですか?」
「きみは僕のお願いをきいてくれると言っていなかった?」
 質問に質問で返すのは駄目だと普段はシモンが言うくせに……と思うけれど、言った、確かに私はそう言った。
 そもそも、シモンの誕生日なんだから、彼の過ごしたいように過ごすのには理にかなっているし、私が出来る事はしてあげたいと思っていたはずだと、素直にそう思い直す。
「わかった……、シモンのお願いをきくって約束だものね。それでは、次のお願いは何かございますか?」
「もう遅い時間だし、きみは疲れているだろうから、先にシャワーを使っておいで。洗面所の棚にある君のものは好きに使っていいから。」
 私はいつの間にか立ち上がったシモンに抱きかかえられていて、バスルームに押し込まれていた。

🦋

 バスルームから出て洗面所の棚を見てみると、そこには私の為の部屋着や、普段使っている基礎化粧品と同じものの新品が置かれていて、私の持ってきた旅行鞄もいつの間にか床の上に置かれていた。
 どこかに出かける可能性もあるだろうと思っていたから、外泊に必要なものは一式鞄に入っていて、部屋着も入っているのだけれど、これはこの棚に置かれたものを着た方がいいのだろうか……?
 白いワンピース型の部屋着は、各所にリボンやボンボンがついていて可愛らしい。
 そのあまりの可愛さに少し不安になりながら袖を通す。
 ちゃんと似合っているだろうか……?
 しかし、シモンの誕生日なのに、どうして私が化粧品とか服とかを貰っているのだろうか……?そう思いながら、恐る恐る部屋に戻ると、シモンはソファーに座って本を読んでいた。
 私に気がつくと本を置いて立ち上がりこちらに歩いてきて、ふわりと抱きしめられた。「可愛い」と言われて、頭上にキスを落とされる。
 すぐに腕を離されたことを少し残念に思いながら、入れ替わりバスルームへ向かうシモンを目で追った。
 日付が変わればシモンの誕生日で、あと30分程だ。
 流石に時間に気付かなかったら困ると思い、スマホのアラームを23時59分にセットする。
 しかし、私は昨日までの激務で睡眠不足気味な上に、シモンが薦めてくれたワインは飲み易くて、前夜祭という口実と明日から休みという解放感もあっていつもは殆ど飲まないのに少し飲み過ぎてしまっていた。
 つまり……物凄く眠い……
 シモンが戻ってくるまで少しだけ……と思い私はソファーで目を閉じた。

🦋

 僕が部屋に戻ると彼女はソファーで寝ていた。
 研究所に居る時間の方が圧倒的に長く、この家に引っ越してきてから僕がこの家で過ごした時間は決して長くはなく、彼女の家の隣室である以上の意味などなかったはずなのに、彼女が居るだけで無機質だった部屋が温かく感じられる。
 僕の選んだ服を着て僕の家で眠る彼女……つい、手に持っていたスマホのカメラを彼女に向けてみる。
 撮った写真を眺めながら、見つかったら怒られるかな……などと思う。
 シャッター音にも全く気付かない様子に、明日からの休みを取るためにかなり無理をしていたようだし、きっと疲れているのだろうと改めて思った。無理をしてくれたのは僕の為なのだから、このまま寝かせておいてあげたいけれど、起こさないと「どうして起こしてくれなかったのか」と言われる気がして「こんな所で寝ていたら風邪をひくよ?」と、そう小声で話しかけてみた。
 しかし、結局返事は無く、どうやらこれは起きなさそうだと確信すると、僕は彼女を抱きかかえてベットへと運んだ。
 ベッドに寝かせて布団をかけた後に、その髪を指に絡め感触を確かめていると、携帯が鳴る音が聞こえてきた。
 見に行くと、鳴っていたのは彼女のスマホで、「あと1分!」という名前が設定されたアラームが鳴っていて、それを止めると、ロック画面の時計には23時59分という時間が表示されていた。
 さっきの1分制限をまだ彼女は怒っているのだろうか……?
 そもそも、何も持って来ないで欲しかったからこその1分だけだったのに、まさか旅行鞄まで持ってくるとは。いつの間に準備をしていたのだろうか。
 流石にプレゼントを買ってくれていたら、持って来られないのは可哀そうかななどと思ったのが良くなかったのか。
 本当にいつも彼女の行動は僕の思い通りにはならないけれど、そんな時こそ楽しく感じるのだからおかしな話だ。
 買っておいた部屋着は着てくれていたから、僕の選んだ服を着ている彼女が見たかったという目的は果たしてはいるのだけれど、これでは時間制限を課した意味が無かったな……などと思いながら彼女のスマホを持ってベッドに戻る。
 彼女のスマホを置くと、こちらに背を向けて眠る彼女から「おめでと…」という声が聞こえてきた。
「ありがとう」そう言いながら彼女の顔を覗くと、彼女は相変わらず寝ていて、どうやら今のは寝言だったらしい事に気がついた。
「夢の中でも僕の事をお祝いしてくれるの……?」
 彼女は聞こえていないと知りつつも、そう話しかけずにはいられない。
 僕ももう今日は寝てしまおう……そう思い電気を消して彼女の隣に潜り込む。
 初めて彼女をこのベッドに寝かせた時も彼女は全く起きなくて、逆に僕はデータの整理をしながらずっと起きていた。
 彼女を視界に入れ無い為に始めたデータ整理だったのに、気がつくと彼女を見ている自分が居て、データ整理は全く進まなかった事が懐かしい。
 彼女を見ないようにする事など不可能だという事をあの時の自分はまだ認められなかった……そんな以前の自分の無駄な悪足掻きを今は少し遠く感じながら、彼女に顔を寄せてその瞼にキスをする。
「おやすみ」と呟き、その手に自らの手を重ねた。
 どうせ夢を見るなら彼女と同じ夢を……そう願い目を閉じた。

🦋

 とてもすっきりした気分で目を覚ました私に、隣から「おはよう」という声がかかった。
「おはよう~」そう返事を返しながら声のした方に顔を向けると、シモンが隣で本を読んでいた。
 あれここどこだっけ……?そう思いながら周囲を見回すと、そこはシモンの家のベッドだった。「今何時……?」という質問に、「10時だよ」という返事が返ってくる。10時……?
「何日の……?」
「11月15日」
 その返事を聞いて一瞬で目が覚める。
「え、もう10時……?え、0時は……?10時間も前……?」
 私そんなに寝てたの!?
「ごめんなさい……!」
 慌てて頭を下げると「謝る必要はないよ。」と言われながら優しく頭を撫でられた。
「でも……あっ……お誕生日おめでとう……?」
「ありがとう」そう答える彼の顔が本当に嬉しそうで、私までつられて笑顔になる。
 いや、でも、つられてへらへらしている場合では……この失態はどういう事なのか……私は確かアラームをセットしたはず……
「ねぇ、シモン、昨日の夜、私のスマホが鳴ってなかった?」
「アラームなら鳴っていたよ。でも、きみは起きそうになかったから止めておいた。」
「……因みに、起こしてくれたりとか……?」
「部屋に戻った時に声をかけたよ。それにソファーからベッドまで運んでもきみは起きなかった。」
 やはり何たる失態……日付が変わった瞬間におめでとうを言いたかった……
「ごめんなさい……」
「だから謝る必要はないよ。おめでとうなら言って貰ったし、きみがそばに居てくれるだけで十分だから。」
「でも……」
「じゃぁ、きみに聞いて欲しいお願いはまだ沢山あるから、起きてくれる?」
「洋服はクローゼットに入ってる。あと、僕はきみにはあまり必要ないと思ってるけど、使うならそれも。」
 そういって彼が指を指した先には、しっかりした作りだけど可愛らしい木製のメイクBOXが置かれていた。
「とりあえず、顔を洗いにいく?」
 そう言って彼は、繋いでいた私の手をひいて立ち上がった。

🦋

 顔を洗って戻ってきた私は、まずクローゼットの中を確認した。
 そこには私の為の洋服が5着ほど入っていて、その中から赤いワンピースを取り出して着てみる。
 他は、私が普段よく着ているブランドの服だったけれど、これだけ違うという事はきっと今日着て欲しいと思っているのはこれなんだろうなと思った。
 次に、メイクBOXを開けてみると、中には普段私が使っている化粧品と欲しいと思っていた化粧品が入っていた。
 鞄の中にもメイク道具のいくつかは入っているのだけれど出す必要はなさそうだ。
 しかし、本当に何でこんな事まで覚えてるの……?
 その記憶力の良さを痛感しながら、いつもより少し軽くメイクをしたあと彼の元に向かった。
 
「それで、お願いなんだけど、ここに居る間は僕のために料理をしてくれる?あと出来ればケーキも作って欲しい。」
 そんな事でいいの……?そんなのお願いされるまでもないんだけど……そう思いながらも「勿論」と答えた。
「というか、家事は全部私がやる!シモンは今日は何もしないで座ってて!」
 今日はシモンの誕生日なはずなのに、何故か昨日から……というかいつも私が貰ってばかりだし、誕生日じゃなくてもそれ位はしたい……!
「じゃぁ、よろしくお願いしようかな。でも、他の家事はあまりする事がないと思うよ。」
「掃除とか洗濯とかゴミ捨てとか……」
「掃除は別に散らかっている訳でもないし今日する事かな?洗濯は僕の分は終わっているから洗濯機を使うならどうぞ、ゴミ捨てはもう10時だけど。」
 料理以外にはやれることが思い浮かば無かった……それならせめて料理だけは頑張ろうと心に違い、朝ご飯……もうこの時間だとブランチか……を作ろうと思い、キッチンに向かった。
 何なら作れるのかな……いつもこの家の冷蔵庫は殆ど空だからな……と思いながら冷蔵庫を開けると、中には何でも作れそうな気がする一通りの食材が揃っていた。驚いていると後ろから声がかかる。
「新しく新光通りに出来たパン屋のパンを買ってあるから、それを食べよう。」
「え、それってこの間話してた?」
「多分そうだよ。」
「ほんと!?嬉しい!」
 でも、やっぱり何かおかしい気がしなくもない……何で料理して欲しいと言われたそばから私の食べたかったパン屋のパンがあるという話になるのだろうか。仕方なく野菜スープとサラダでも……と考えながら、ケーキと夕飯は頑張ろうと心に誓う。
 包丁を取り出そうとシンクの下の引き出しを開けると、そこには真新しい調理器具が所狭しと並んでいた。
「……ねぇ、シモン、調理器具まで揃えたの……?」
「見ての通りだけど、必要なものは買ってあるとも言ったよ。」
 確かにそんな事を言っていた気がするけれど、あれは、服とか化粧品とか私に関するものだけに限った話ではなかったのか……

🦋

「ねぇ、シモン、私の顔に何かついてる……?本読んでても良いよ……?」
 食事の準備をしつつ、キッチンの外から、私の事をずっと見ているシモンに声をかける。
 気を抜くと見惚れそうになるし、そもそも見られていると思うと落ち着かないし、手元が狂いそうになるから止めて欲しい。
「きみが座っていてというから仕方なく座っているのだけど、顔を見られているのが落ち着かない?」
 その問いに、小さく頷く。
 シモンはくすりと笑うとキッチンに入って来て「これなら顔は見えないし、いいよね?」と言って後ろから腰に手を回されて耳元で囁かれた。
 良くない……全然良くない……確かに顔を見られてはいないけれど、そもそも座っててと言ったのに立ってるし、さっきよりずっとドキドキするし、ただでさえ心許無いのに手元が更に狂いそうだ。
「だから座っててって……それにもう出来るから……!あ、スープ皿とサラダボウルってどこかにある?」
「スープ皿は食器棚の左側の上から2段目の真ん中、サラダボウルは下から2段目の引き出しの左側にあるよ。」
 あるのは分かった。分かったけれど、耳元で喋るのを止めて欲しいし、後ろから抱きしめられたままでは身動きが取れなくて取りに行けない。
「ねぇ、動けないんだけど……?」
「そうだろうね。」
 しかし、何もしないでといった手前「食器をとって」とは言いづらく、どうすれば良いのか逡巡していると、するりと手が解かれて、すぐにスープ皿とサラダボウルが目の間に置かれた。更にコーヒーカップやパン用の取り皿にカトラリーが用意されていく。
 いったん座っていて貰うのは諦めて、彼が用意してくれた食器に盛り付けしていく。
 終わったところで、お盆を持とうとすると「僕が運ぶよ」と言われてひょいっと取られてしまった。
 だから座っててって言ったのに……ともう一度思いながら、仕方なく私は、コーヒーメーカーを持って食卓に移動すると、カップに珈琲を注いで席に着いた。
「このパンも本当に美味しい!流石話題になるだけあるよ。今度番組で取り上げたいな。」
 まずは、手に取ったパンの美味しさの感想を伝えた後で、さっきから気になっている事を聞いてみる。
「でも、このパンって今日買ったものだよね……?ひょっとして私が寝てる間に買いに行ってくれたの……?」
 今日誕生日のシモンに買い物にまで行かせていたのかと思うと本当に申し訳なさすぎる。
「あぁ、配達して貰ったから、別に僕が自分で買いに行った訳ではないよ。」
 それなら良かった……のかな?
「え、チャイムまで鳴ってたのに、私起きなかったの……?」
「そういう事になるね。」
 本当に私は、いったいどれだけ……
「本当に、ごめんなさい……!」
「だからいいんだってさっきも言ったよね。きみがこうして一緒に居てくれるだけで、本当にそれだけでいいんだ。」
「大体、きみはここ3日間殆ど寝てなかったんだ。無理もないよ。」
「どうしてそれを知って……」
「きみはもう少し、きみの事を心配している人が僕意外にもいる事を認識すべきだね。」
 これは、口止めの甲斐なく、誰かがシモンに話したな……
 昨日の夜はシモンと夕飯を食べに行く予定でその後はお休みだからそれまでには絶対終わらせる!という話は会社の皆にもしていたのだから仕方ないか……。
「ところで、美味しいのはパンだけじゃないから、きみも食べたら。」
 作ったのはスープとサラダだけだし、失敗する要素がほぼないからね……にもかかわらずこのスープの味はイマイチでは……そんな自己評価を自分の作ったスープを食べながら下す。
「うーん、でもスープの味が何かいまひとつだだよね。それに、このサラダが美味しいのってどう考えてもこのシモンが買っておいてくれたドレッシングのお陰だよ?」
「そんな事ないと思うよ。でも、そのドレッシング、気に入ったなら良かった。きみが好きそうな気がしたんだ。」
 そんな他愛もない話をしながら食べる食事はあっという間だ。
「ご馳走様でした。」
 そう言って、シモンが食器を下げようとするのを今度は慌てて止めた。
「私が運ぶから!シモンは座っててって言ったでしょ!」
 そう言って、シモンの背中を押してソファーに座らせた。

🦋

「ねぇ、シモン、ケーキを作る為の道具はどの辺にある?」
「右側の上戸棚の一番下の段」
 えっと、ここか、と手を伸ばして中を覗く。
 デジタルスケールや温度計どころか、電動ミキサーもあるし、デコレーション用の口金はケースに入っていて100種類以上ありそうなセットだ。アラザンや文字を書くためのチョコペンやフードカラーのセットもある。
 本当に必要そうなものは一通り揃えたんだな……そう思いながら確認していると、ふと足りないものに気がつく。
「ねぇ、シモン、キャンドルは?」
「買って無いね。」
「えぇっ!?何でこれだけ揃えたのにキャンドル無いのっ!?お願い出来ないよ!?」
 でも、シモンでも買い忘れるなんて事があるんだなと思うと逆にちょっと嬉しくなってくる。確か、私の家にはあったはずだ。
「キャンドルなら、私の家にあるからそれで良いかな。取ってくるね。」
 その発言を聞いたシモンが眉をひそめて、深いため息をついた。
「足りないものは買いにいくって約束だったよね?」
 あっ……、そう言えば昨日そんな事を言われていた。
「それに、今日はお願いはきみが全部叶えてくれるんでしょ?たから、今日はもう良いかな。」
 え、キャンドルの無いケーキ?
「それは駄目っ。ケーキにはキャンドルが必要なものなの!他にも足りないものが無いか確認してからお買い物に行こう!」
「何か夕飯に食べたいものはある?」
 何でも作れそうな材料があったけれど、場合によっては無いものもあるかもしれない。
「そうだな……きみが作りたいものを作って欲しいな。」
「作りたいもの……」
 何を作ろうかな……?流石に冷蔵庫の材料を使った方が良いかなと思いながらメニューを考える。
 思案していると「はい、腕あげて」と言われて、言われるがまま腕を上げると上着を着せられていた。
 着せられたライトグレーのコートは、いまシモンが着ているコートと色合いがよく似ている。ちょっとペアルックみたいだな……などと思ってしまう。
「さて、出かけようか?」
 そう言ったシモンに、手を取られ私たちは買い物へと出かけた。

🦋

 結局、キャンドル以外に必要なものは無かったので私たちは買い物から早々に帰宅していた。購入したバースデーキャンドルは、数字の形の上にリボンがついていて可愛らしい。
 可愛いけれどシモンには可愛すぎるかなと思う面もあり、普通のものとどちらにするか悩んでいたら、本人がリボンのついた方を手にとっていて、驚いて見上げると「きみが欲しい方が僕も欲しいな。」と言ってレジに持って行ってしまっていた。
「じゃぁ、シモンはちょっと待っててね。」
 と言って彼をソファーに座らせる。
「きみは今日は僕を座らせておきたいみたいだけど、流石にずっと座っているのも退屈だし、写真を撮っていてもいい?」
 座らせるなり、そう尋ねられた。
 今日はお願いをきく約束だし、シモンが写真を撮りたがるのはいつもの事だし断る理由もない。
 言った通り、料理やケーキを作っている間、シモンはずっと笑顔で写真を撮っていた。ただ料理をしているだけなのに、飽きないのだろうか。
 そんな事を考えながらも着々と料理は進んでいく、だんだんと完成品が増えていき、私も料理の手際も以前よりも少しは良くなったんじゃないかななんて思う。
 後は、ケーキのデコレーションだけという所でシモンが声をかけてきた。
「ねぇ、僕も手伝っても良いかな?ケーキを作る所をみるのは初めてなんだ。」
「勿論!」
 そう答えながら、だったら……と思ってキッチンを出た。
「ねぇ、シモン。ちょっとタイミングが早いんだけど、プレゼントを渡しても良い?」
 そう言って、部屋の隅に鞄と一緒に置いていた紙袋と鞄を持ってくる。
「きみが、いま渡したいなら貰うよ。」
「はい、これどうぞ。お誕生日おめでとう。シモン。」
 そう言って、手に持っていた袋からプレゼントの包みを取り出して手渡した。
「いま開けて良いかな」と確認してくるシモンに「その為に渡したんだよ」と返す。
「エプロン……?」
「そう。折角の誕生日なのにこんなものでごめんね。実はあまりプレゼントを選ぶ時間がなくて……でもこの黒いエプロンを偶然見かけて、シモンがつけたところが見たいなーと思って。ちゃんとしたプレゼントはまた明日一緒に買いに行ってくれる?」
 そう言いながら、私は鞄の中から自分の分を取り出す。
「実は、自分の分も買ってあって、お揃いです!折角だし、一緒につけてお料理してみたいなと思って。」
「……僕はきみに、今日の予定を言って無かったよね。」
「そうだね。どこかに行くのかと思ってたから、まさかこんなに早く使う機会が来るとは思わなかったよ。」
「つけてあげるから貸して。」
 そう言ってエプロンを受け取るとシモンの後ろに回って彼のエプロンを結ぶ。
 自分の分は自分でつけようとすると「僕にはつけさせてくれないの?」と聞かれてしまった。そう言われてしまうと渡さない訳にはいかず、手に持ったエプロンを諦めて手渡して、後ろを向く。
「ありがとう。」
 耳元に囁かれたその言葉はいつにも増して特別に聞こえた。

🦋

 どうみても張り切りすぎている彼女が作りすぎてしまった料理と、お揃いのエプロンを付けてデコレーションして、買ってきたキャンドルをつけたケーキ。
 うきうきとした様子でキャンドルを袋から取り出したかと思うと、自分がやりたいという様子を抑えて僕に「シモンがさしたら」と提案してきたり、真剣な様子でキャンドルにお願いをする彼女はとても可愛らしかった。
 結局、全部は食べられなかったけれど、残りは明日以降食べようという事にして、二人だけの誕生日パーティーは終了した。

「はー、お腹いっぱい。作りすぎただけじゃなくて、食べすぎちゃった。」
「本当にきみは料理が上手くなったね。全部前に作って貰った時よりも美味しかったよ。」
 そう彼女に伝えると、彼女は少し驚いた表情をした。
「え、気付いてたの?」
 今日彼女が作った料理は全て、以前彼女が僕に作って食べさせてくれたものだった。
「勿論。」
「流石に、何の準備もせずに新しいレシピに挑戦する自信はなくて。でも、前よりも上達したと思って貰えたなら良かった。」
 そう、安堵した様子で微笑む彼女。
「今日の卵焼きはちゃんと塩と砂糖があってたね。」
「その件については、出来れば忘れて欲しいです……」
 そう言って、恥ずかしがる彼女が見たくてつい話題に出してしまうのだ。
「きみの作った料理の事を忘れるなんて僕には出来ないよ。料理だけじゃなく、きみに関する全ての事を僕は覚えてる。」
「本当にシモンは記憶力が良すぎるよ……」
 これには流石に、堪えきれずに笑いが漏れてしまう。
「でも、もし、僕がそんなに記憶力が良くなかったとしても、砂糖と塩を間違えた料理の話は忘れられそうにないな。」
 つい、追い打ちをかけてしまうのも、彼女が可愛すぎるせいだから仕方ない。
「もー、でも、砂糖と塩を間違えたこと自体は忘れられなくても、沢山食べれば私の料理の味は上書き出来るよね。」
「私の料理といえば、美味しいって連想して貰えるようにこれからも頑張るから。」
「楽しみだな。でも、もう思ってるよ。きみの作るものは全部僕の大好物だ。」
 そう答えながら、思い出したさっきの卵焼きの味は本当に美味しかった。
 ふと、最初に食べた彼女の卵焼きの事を忘れた訳ではないのに、彼女の作った卵焼きといえば、砂糖と塩を間違えていても美味しいではなく、単純に美味しいと既にそう思っている自分に気がつく。
「シモンは、美味しいの基準が低すぎるよ……」
 そう言う、彼女の照れた笑顔も可愛らしい。
 以前は思い出す時は泣き顔ばかりだった彼女の顔も、いまは隣で笑顔をみせてくれている。
 味を上書きできるように、彼女の記憶も上書き出来るのならば、僕はもう少しお願いを重ねても良いのだろうか。
 そう、少しでも思ってしまえば、彼女に触れたいという衝動を抑える事は最早難しく「ねぇ、次のお願いを聞いてくれる?」そう言って、彼女を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。
「今日は僕の誕生日なはずなのに、誰かさんがずっと僕を座らせたがっていたせいで、僕が一番欲しいものが全く足りてないんだ。」
「だから、もっと貰ってもいい?」

13章から地続きという前提で、誕生日くらい我儘を言わせてみたい!をコンセプトに、誕生日にはしゃぐシモンさんを、ほんと幸せになって……という願いを込めて書いてみました。
特に何の山もない長文に、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました🙌