・本編九章までの物語を元に作成しました。 ・直接的ではないですが、行為を匂わせる表現があります。ご注意ください。
誕生日とは特定の人や動物等の生まれた日、あるいは、毎年迎える誕生の記念日のこと。
辞典をいくつか見ても〔誕生日とは記念日であり、おめでたい日〕というのが世間一般の考えらしいが、自分にはさっぱり分からなかった。
なぜなら〔誕生日〕とは何なのか、自分にも分からないからだ。
いや、分からないのではなく、楽しかった思い出を記憶の奥底へと蓋をしたのだ。
幼い頃に両親が交通事故に遭ったあの日から、ずっと──
人は産まれて、自我を持って、成長していく。それは暖かい親や周りからの愛を受けているからであり、決して自分一人では成し得ないことだ。
僕はその全てを、あの日、全て失くした。
その頃から自分の世界は感情も、色も、感覚も、白黒しかない闇の世界になった。
気が付いたときには、自分は大人たちの私利私欲のために動かされる人形として扱われた。
誕生日を迎えても祝われるどころか、徐々に大きくなる自分をコントロールし、常に高い利益を求められた。
「お前は〔ヒガンバナ〕のように私たちに不必要な奴らには毒を以て毒を制すればいいんだ。」
最初に言われたときは理解できなかった。
だが何故か、その〔ヒガンバナ〕というものに興味を持った。
〔ヒガンバナ〕を漢字にすると〔彼岸花〕となり、開花時期がちょうど彼岸の季節ということ。
〔彼岸花〕には毒があり、特に球根を食べてしまうと最悪の場合、死に至る可能性があること。
そうか、僕は毒を持った人間なのか。このまま操られ、支配され、深い深い闇に沈んで生きていく。
そんな想いを打ち消してくれたのは、彼女だった。
最初、彼女に出逢ったときは、自分が閉じ込めたはずの全てが蘇った。
忘れようとした。消し去ろうとした。でも出来なかった。
彼女と想いを重ね、いつしか自分にとって大切な恋人となった。
正直、恋人というものは何なのか、未だに分からないことしかないけれど、彼女さえいればそれで良かった。
でも最近になって、胸の奥底からモヤモヤとした想いが膨らみ始めている理由。
それは数日前、彼女が自分の誕生日を研究員から聞いたらしく、お祝いをしたいと言ってくれた日から。
十一月十五日の夜。
肌寒い気温の中、僕は彼女の自宅に招かれた。
壁にはフラッグやペーパーチェーンなどの装飾が飾られていた。
手作りで作ったのだろう。所々失敗したような跡が見えた。それすら愛おしいと感じてしまった。
「最近より寒くなったから、寄せ鍋にしてみたの! ケーキもあるから」
「暖かくなれそうだね、ありがとう」
テーブルにはカセットコンロに乗っている鍋と取り皿やお箸などが揃えられていた。
彼女とお互いに向かい合って座ると自然と笑みが零れた。
「それじゃあ、シモンの誕生日をお祝いして、いただきます」
「いただきます」
彼女の言葉に合わせて言ったあと、鍋をつつきあった。
味はもちろん美味しかった。なによりこうして彼女と食べているこの空間が幸せだった。
彼女と出逢ってから、あの日塞いだものが全て表れて、向き合うことに逃げていた自分を、ずっと傍で見守ってくれた彼女のおかげで、僕は全てのものに向き合い、呪縛から解き放たれたのだから。
鍋を食べ終わると、二人分の誕生日ケーキがテーブルに運ばれてきた。
イチゴがたくさん乗ったケーキには、ローソクと、チョコプレートには『お誕生日おめでとう シモン』と、言葉が添えられていた。
彼女は蠟燭に火をつけると、部屋の照明を消し、再び僕と向き合うようにテーブルに座った。
「お誕生日おめでとう、シモン。研究員の人から聞いたときからずっと、この日を楽しみに待っていたよ。でも本当は私から聞かなきゃいけなかったよね。私、全然ダメだった」
反省するように言う彼女に、僕は安心させるように首を振った。
「ううん、僕もごめん。誕生日なんて今まで気にしていなかったから。こうやって君と迎えられるなんて、幸せだよ」
そう言って微笑むと、彼女は安心したように微笑み返してくれた。
彼女はハッと我に返り、蠟燭の火を消すように促した。その促しに応えるようにふっと火を消すと、彼女から拍手が沸いた。
部屋の照明を明るくすると、さっそく彼女のお手製だという誕生日ケーキを一緒に食べた。
甘くて、暖かくて、すぐに食べ終わってしまうほど美味しかった。
その瞬間、胸のモヤモヤがスッと無くなっていく気がした。
そうか、僕は彼女と過ごす〔誕生日〕を経験したかったのだ。
誰でもない、彼女と過ごすこの時間が、待ち遠しかったのだ。
僕の中には彼女に対する、愛しい気持ちが溢れていた。
二人で片付けを終わらせると、僕は彼女に触れたくなった。
彼女からほのかに香る匂いに誘われるようにゆっくり近付いた。
「あ、そうだ。シモンに誕生日プレゼント渡さないとね」
エプロンを片付けながら話す彼女を、後ろから抱き締めずにいられなかった。
「え、シモン?」
驚く彼女の首筋に鼻を寄せ、彼女の温もりと匂いを確かめた。
「あ、あの…」
「明日はお互いにお休みだよね? 今日一日ずっと、君といたい。泊まっても、いい?」
固まる彼女に僕は確認するように、耳元に囁いた。
「男が恋人の家に泊まりたい意味、分かっている?」
この日の自分は何が外れていた。今まで手を繋いだり、キスもしてきてきたりしたけれど、それ以上を望む気持ちが出ていた。そして、その準備をして此処に来た。
彼女の反応を待っていると、彼女は僕の腕に手を添えて頷いた。
「うん、分かってるよ? 私もシモンとずっと、いたい」
耳を赤くしながら応える彼女に、僕は深く息を吐いて、彼女を更に強く彼女を自分の身体に引き寄せた。
「…ありがとう。ずっと一緒にいよう」
そう言って彼女を抱き上げると、恥ずかしそうに笑う彼女の額にキスをして、寝室に連れて行った。
翌朝、目が覚めると、自分の腕の中で眠る彼女の頬にキスをして、起こさないようにベッドから抜けると、部屋の窓から見える朝の景色に自分が溶け込むようだった。
ベッドサイドには彼女から貰った誕生日プレゼントのマフラーが置いてあった。
羊の毛で作られた暖かそうな薄いベージュ色のマフラーだった。
窓から見える景色を数分見たあと、再びベッドの中に入り、眠る彼女の頬にもう一度キスをした。
「僕は君にとっての毒になりたい。この先もずっと僕だけの君でいてくれるなら、僕は喜んで君だけの〔彼岸花〕になるよ」
そう呟きながら、彼女を抱き締め、瞼を閉じた。来年も彼女と共に誕生日を過ごせますように、と願いながら。
この度はシモン生誕祭に参加でき、大変有難く思っております。 恋プロを始めてまだ日は浅いものの、ツイッターに挙げたSSに反応してくださる、皆様の愛と温かさにいつも感謝しています。 私にとって"シモン"というキャラクターが、影響を与える一人であるということだと再認識致しました。 このSSは彼の発する言葉、表情、仕草から始まりました。 彼の全てに苦しさがあって、でも彼はその苦しさを抱えたまま生きてきたと思います。 そんな世界である日、彼は主人公(わたし)と出逢う。 彼女と過ごす毎日に安らぎを感じる反面、今まで閉じ込めていた痛々しいものと向き合うことは、相当辛かったのだと考えました。 それでも寄り添ってくれる彼女と共に、乗り越え、想い合い、恋人という関係になって過ごす誕生日を書き上げたかったのです。 彼岸花を題材にしたのも、そんな思いに関連させて、シモンの誕生日である、十一月十五日の誕生花が彼岸花であるから。 彼岸花という花の妖艶さがシモンにぴったりで運命的な何かを感じたからです。 長くなってしまいましたが、シモン誕生日おめでとう。 これからゲームの物語が進む度に、彼の心にある様々なものに、遭遇していくことになると思いますが、彼と彼の隣にいる主人公(わたし)を通して、私は文章にしていきたいと思っています。 また、ここまで読んでくださった皆様、また生誕祭を企画して頂いた、全ての関係者の方々に最大限の感謝と敬意を。