その花はあなたを求めて咲く

written by 玲架

本章とシモンのデートを前提に書いてる部分がありますが、すべて読了していると、気が付くというレベルにしたつもりです。
本章の先があまりにも不穏と不安がいっぱいなので、すべてのカタがついた未来のお話として書かせて頂きました。恋プロで得た情報を元にシモンを捏造しておりますのでご注意下さい。
出だしは主人公視点ですが、本編大半はシモン視点なので、苦手な方は自衛のほどよろしくお願いいたします。

 特別な日に彼と二人でとある場所に来ていた。
 ここ数年でシモンが幸せそうに微笑んでくれることが増えた気がする。過去に何度となく感じた不安も無くなっている。
 優しく触れてくる手はいつも温かいし、今繋いでる手も想いが伝わってくるほど熱い。暦では冬を迎え寒くなるのに、シモンの纏う空気はいつでも木漏れ日のようだと思う。
「この先に見せたいものがあるんだ。足元に気をつけて」
 恋花大学そばの裏山の道なき場所がシモンの目的地らしい。しっかりと右手を握られたまま目的地に向かっていた。いつかのように不安に駆られる事も無く、しっかりと繋がれた手は少し汗ばんでるぐらいだ。
「きみは本当に、何も訊かないんだね」
 ふと彼が立ち止まり訊いてきた。汗ばんだ手から熱が奪うように秋風が吹き付けた。カサカサと音を立てて舞い落ちる木の葉が彼を攫いそうな気がして、彼の手を強く握り返した。
「何故きみは僕を信じてくれるの」
 何度も聞いた記憶がある言葉に、私は足を止めて彼を見上げていた。

ーその花はあなたを求めて咲くー

 何度も口にして、何度も彼女が応えてくれているのに繰り返すのは、特別で大切な人を失う恐さを思い出しているのかも知れない。
「ごめん。なんでも無いよ。行こうか」
 彼女が手を握り返してくれたことで充分だった。それだけで良いと思ったのに、彼女は止めた足を動かそうとはしなかった。
「沢山の時間をシモンと過ごしてきたから、私はシモンを信じてるよ」
「昔、きみに嘘をついたことがあったよね。そんな僕でも信じてくれるの?」
「シモンは私を傷つける嘘をつかない」
 彼女はきっぱりと言い切った。確かに彼女を傷付ける目的の嘘は一つも付いたことが無い。ただ、その結果で彼女が傷付かなかったとは考えられなかった。自分が見ていなかった場所で、彼女がどれだけ傷付き悲しんだのか、憶測でしか計ることができない。彼女を想うからこそ、過去の事であっても気になってしまう。
「例えば、私が嘘をついたらあなたは怒る?」
「内容によるよ。自分を傷つけるような嘘はついて欲しくないな」
「うん。私も同じだよ」
 自分のことを知った上で受け入れてくれることに言葉が詰まる。柔らかな笑みを自分に向けて浮かべる彼女が拒絶すること無く手を繋いでいるという現実は、奇跡のようなもので胸に違和感を覚える。それは鈍く重く辛い痛みで無く、柔らかく軽く優しい羽で包まれてるような、泣きたくなる熱だ。
「ありがとう。進もうか」
 彼女の肩を抱き寄せて、木々に付けた目印を辿りながら目的地に向かった。

 数分歩くと一面が開けた。そこには数日前は疎らだった花が咲き誇っていた。
「曼珠沙華!?今、11月だよね?」
「そうだよ。季節外れに咲いた花だね」
 彼女の驚きで開かれた眼に燃えるような紅が映っていた。スゴいと興奮してるのが見てるだけで伝わってくる。
「シモンが見つけたの?こんなに群生してるのは初めてみたよ!」
「偶然見つけたんだ。季節外れの天候が続いていたのと、山の環境が生み出した、一種の狂い咲きだね」
 『狂い咲き』という言葉を使った後に僅かに自嘲してしまう。本来の言葉の意味は早く咲く季節外れの花を指し示す。今回の花々は、正しくは遅咲きにあたるだろう。昔、彼女に贈った花のように季節に咲かない花を思い出して言葉を選んでしまったようだ。
「珍しいから連れてきてくれたの?」
「それもあるよ。あと、曼珠沙華は11月15日の誕生花でもあるんだ」
「じゃあ、この子たちはシモンを祝うために咲いたのかもね」
 彼女は楽しそうにスマートフォンを片手に記念撮影を始めた。この花が咲いてることを無邪気に喜んでくれて嬉しいのと同時に小さな不安が掠めた。
「きみは季節外れの花は恐くないの?」
 季節を忘れて咲く花は、人々に恐怖を与えることが普通だ。気候が関わる仕事の人間ほど顕著だし、そうでなくとも稀な異質の存在に人は排他的だ。彼女の様子にその不安は危惧だと理解してるのに、彼女の言葉で識りたくて問いかけた。
「恐くないよ?無事に咲いたのにちょっと季節が違うからって恐がるのは可哀想だよ」
「……きみは優しいね」
 彼女の純粋な感想は自分の心に癒しを与えてくれる。彼女の言葉も心も、すべてが自分にとって光で、きっと生まれ変わることがあっても手放すことが出来ないのだろう。


 さつさつと紅色の風が音をたてながら、木漏れ日の優しい熱を巻き込んでコートを揺らした。ポケットに入れてあった箱が、その時だとカタリと動いた気がした。揺れる花々を写し撮る彼女を見つめながら、右のポケットにそっと触れた。
「曼珠沙華の花言葉は知ってる?」
 彼女は振り向いて、首を横に振った。
「悲しい思い出、追想という悲観的な言葉が多いかな」
「えっ?他にもあるよね?」
 彼女の表情は豊かだ。心配そうにしながら問われ、やはり彼女には微笑んで居て欲しいと強く想う。
「赤色の花言葉で情熱という意味もあるけど、きみには白の花言葉かな」
 安堵の色を示してから、白色を探すように彼女の視線が動くのを見てポケットからベロアの手触りのする小箱を取り出した。自分の手には小さい箱だがとても重い。彼女と交わらない未来を見た過去と、ここ数年の平和な日常の先を願うというのは、物としての重さでは測れないのだと、強くその小箱を握った。
「たしかに白い花もあるね」
 点在していた白い花を見つけて喜ぶ彼女の手を取った。その手は白く細く、二度と手放したくなかった。

「白の花言葉は……あなた一人を想う」

 小さな箱を彼女に手渡した。
 澄んだ風が紅葉の葉を巻き上げて吹き抜ける。情熱を灯した花々が湖面のように揺らめいた。心を写し取られたような景色は、彼女を通して美しく煌めいていた。
 彼女の目が花を見つけた時よりも大きく見開かれた。小さく震える彼女の手を、渡した箱とともに両手で包むと、彼女が真っ赤になって僕を見上げた。
「この日を僕だけの特別な日ではなくて、二人の特別な日にしたかったんだ。万年筆の変わりにずっと身につけてて欲しい」

 彼女は俯き小さく一つ頷いてくれた。その表情は判らなかったけど、花を抱きしめるように大切な人を腕の中に閉じ込めた。

稚拙な文章に最後までお付き合いいただきあありがとうございました(感謝)
ツイッターでは数日にわけて二人の話を書いておりますが、読まなくても判るように仕上げております。後から読まれても大丈夫なようにもしておりますので、気になる方はお楽しみ頂ければと思います。(戻って読むと種々のキーワードが散らばって読める形をとったつもりです)